弁護士紹介

Kenji Tanaka

弁護士

田中 謙二

プロフィール

血液型

B型

昭和46年

福岡市南区生まれ

昭和59年

久留米附設中学入学

平成2年

久留米附設高校卒業

平成2年

一橋大学法学部入学

平成8年

一橋大学法学部卒業

平成13年

司法試験合格

平成15年

司法研修所入所

平成16年

福岡県弁護士会に弁護士登録

特に関心をもって取り組んでいる分野

  • 企業活動に関する法的問題
  • 企業の取引の支援
  • 企業の支配をめぐる争い
  • 企業と行政とのかかわり
  • 身体傷害に関する問題
  • 交通事故
  • 労災事故

公職,地域活動など

筑紫野市情報公開審査会 委員
筑紫野市行政不服審査会 委員
福岡県弁護士会 行政問題委員会 委員長
つくし青年会議所シニアクラブ
太宰府ライオンズクラブ

取り組んできた事件

契約問題,代金請求,損害賠償,税務など,企業のトラブルに広く対応します。
他方で,交通事故,相続事件,離婚事件もこれまで数多く取り扱ってきました。
九州建設アスベスト訴訟などの大型事件で,国や大企業などと厳しい論戦を重ねながら,勝訴を勝ち取ってきた経験を最大限活用して,ご依頼者のために,ベストを尽くします。

自分に起業経験があるからこそ、中小企業の苦労や気持ちが分かります。

Q. 弁護士を目指したきっかけは何ですか?

A. 高校で文系・理系を選ぶときに、文系ならば弁護士、理系ならば医師と考えていました。医師も素晴らしい仕事ですが、基本的には院内での仕事。弁護士はオフィスの外に出ていって多くの人のくらしや人生に関われる仕事なので、おもしろいのではないかと思いました。
世の中の人々は、理不尽さを感じていたり、不正への憤りを抱えたりしていますよね。弁護士ならその気持ちの助っ人になれる。代弁者であり、自分の意見も言える。そんな思いもあって、一橋大学法学部に進学しました。
 

Q. 弁護士になる前に起業経験があるとうかがいました。

A. 司法試験の浪人中は、通信制高校サポート校でアルバイトをしていました。何度も司法試験に落ちて20代も後半になってくると、この先も同じ受験生活を続けていいのか悩みますよね。そんなとき、私をかわいがってくれていたバイト先の社長が「お金を出してやるから、福岡に同じような学校を開いてみないか?」と、30前の若造に借用書もなしで大金を出してくれました。
いまとは違って当時のサポート校は、事務机をならべた無機質な感じの教室が多かったのですが、「行きたくなる学校」「友達に自慢したくなる学校」をつくりたかった。カフェのような内装を計画しました。
 

Q. そこからどういう経緯で弁護士の道へ入ったのですか?

A. 借りるビルも決まって、さあいよいよというときに、貸主の事情で内装工事の着工が大幅に遅れることになりました。開校も大幅にずれ込んだので、一度は断念したはずの司法試験の願書を出してみました。でも、実際に開校準備を進めていくと思いのほか忙しく、試験準備にあてられる時間はあまりなかった。
司法試験の一番の難所だった論文試験を夏に受けて、秋にようやく学校を開校させることができました。試験の合格発表のことは忘れていたくらいで、ふと思い出してネットで確認してみると、なんと合格しているではありませんか。すでに事業は順調にスタートしていたので、複雑な気持ちでした(笑)。結局、司法修習生のスタートを1年遅らせて、事業をやりながら引継ぎ先を探しました。
職員採用、生徒募集の営業、経理、社会保険手続、広告出稿 ・・・ 立ち上げでは、自分ひとりですべてをやりました。胃が痛いこともたくさんあったので、今のお客様である中小企業の社長さんのお気持ちはよくわかります。
弁護士としての船出は遅れましたが、寄り道をして良かった。多くの経験ができたし、何より楽しかった。当時の生徒たちとは今もつながりがあります。
 

Q. ちくし法律事務所へ入った経緯は?

A. 司法修習生だったころは、自分も企業法務の仕事をするのだろうと、ぼんやりイメージしていました。
たまたま「筑豊じん肺訴訟」の弁護団会議に参加することがあって、ちくし法律事務所の稲村弁護士に出会いました。こんな言い方は失礼ですが、その弁護団会議は、田舎のおじさんたちが法律の一番難しいところをガンガン議論している、という不思議な世界。しかも相手は最高裁、国、大企業。議論のレベルの高さに、ものすごい衝撃を受けました。
地域での仕事をやりつつ、いざというときは、国が相手だろうが、毅然と戦う。地域に根ざす、でも地域に埋もれない。私が選んだのは、稲村弁護士と同じ道でした。
 

Q. 関心をもって取り組んだ分野はありますか?

A. 中小企業の困りごと全般を引き受けることが多いです。
また、ちくし法律事務所は、地域に根差しながら大型裁判も引き受けられる数少ない事務所です。新人時代は、中国残留孤児の方々の裁判に取り組みました。身勝手な戦争のせいで中国に取り残された方々。日本政府は、肉親などの身元引受けがないと帰国を認めないし、帰国しても本格的な援助をしない。裁判の末に、中国残留孤児の方々を支援する法律ができて、年金などを受給できるようになりました。
九州建設アスベスト訴訟では、事務局長を務めています。建設現場の職人たちが、建材に含まれていたアスベストで癌などになって苦しんでいる。建材を製造していた企業や、企業を後押していた国は、何も知らないままアスベスト建材を使っていた作業者の命や健康を守るべきではなかったのか? という裁判です。2021年に最高裁で勝訴し、国に補償金制度をつくらましたが、建材の製造企業との裁判はいまもまだ続いています。
 

Q. どういうところに仕事のおもしろさを感じますか?

A. 弁護士の仕事って、部下に任せて何とかなるという仕事ではないので、なかなか大変です。その中で、何がおもしろいかと言えば、さまざまな業界を知ることができる。その世界について裁判所を説得できるくらいに深く知っていくというプロセスがおもしろい。
私は、ハマったら徹底的に調べたいタイプなので、その事件に関連する書籍は、自分の財布を気にせずにどんどん買い込んで調べます。もちろん、ネットサーフィンでも調べる。調べ尽くすことに関しては、人に負けないという自負があります。だから、担当した事件については、すごく詳しくなりますね。
 

Q. 依頼者と接する際に配慮していることは?

A. 依頼者に寄り添うと言いますが、寄り添い方も人それぞれ。私の場合は「それはひどい、おかしいよね」と一緒に怒ることが多い。相談した弁護士が一緒に怒って自分の気持ちを分かってくれないと、信用できないでしょう? 抑えるべきところは抑えていますが、自然に腹が立つ。これは、性格なんでしょうね(笑)。
 そして、その人の立場に立つということ。たとえば、失業して生活に困った人がコンビニ弁当を万引きした事件がある。もしこの人の同じ立場だったら私も同じことをしたかも、という思いが自然に湧いてきます。
 

Q. このサイトを見た人に伝えたいメッセージはありますか?

A. 「行った後の気持ちを想像しながら相談に来てほしい」ということでしょうか。弁護士事務所に行くには構える気持ちがあると思うのですが、緊張しなくていいですよ、友達に話すような感覚で来てください、と伝えたいです。
初めての病院や歯医者さんに行くのも、何となく嫌ですよね。その10倍ぐらいのレベルで敷居が高いんじゃないかと思います。その気持ちは理解しているつもりです。でも、相談した後は笑顔になって帰っていかれることも多い。弁護士からは何かしらアドバイスがもらえるので、話しただけでもきっと気持ちが楽になりますよ。
そして、来てみると、その後にやることも明確になります。自分の悩みはおおごとだと思っているかもしれませんが、私たちはプロなので、その悩みを小さくバラすことができます。小さくバラして、その一つ一つに対処法を考えていく。一見複雑そうな悩みでも、小さくバラせないというケースは少ないので、3つにバラした悩みのうちの2つまではきれいに解決できる、という展開もあります。それも弁護士の技術です。